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Vol.015
ワトソンワイアット株式会社代表取締役
淡輪敬三
テーマ
”人材構想”ありきのビジネスモデル
これからの人材マネジメントについてのお考えをお聞かせください。
経営の中で「人」に関して何が課題になっているかというと、根本的な仕組みが今、新たしいフェーズに入っていると
感じています。
今でも世界中で通常行われているものは、いわゆる仕事というものをデザインして、「仕事でこれだけやれば、こういうリターンがありますよ」というものです。目標や職務というものを定義する、ジョブディスクリプションありきという考え方、つまり、ヒューマンリソースマネジメントが主流です。
これは「人」が一つの経営を構成する機能要素であることを示しています。つまり、コストに対して一定のリターンを出してくれるものです。たとえば、営業マンの人事制度、給与制度を見てもコミッションがあります。これはどういう才能があるかなどには関係なく、一種の契約概念で行うものです。企業が成り立った時からずっとそういうマネジメントでしたし、いまだにそれ行われていますが、人材マネジメント的にはこれは初期段階だと思います。
しかしながら昨今、それでは勝てなくなってきました。つまり、自分で自律して、専門性を高めるキャリアという考え方が出てきました。しかも、一つの会社の中でキャリアを描くのではなく、社会全体の中で認知されなければならないと思い始めています。つまり、個人の動機付けが変わってきたということです。
それによってコンピテンシーを測ったり、その人の将来性を見てみよう、投資しようという概念が出てきました。ヒューマンリソースマネジメントからヒューマンキャピタルマネジメントという考え方に移ってきました。
でもまだ、これでも勝てないのです。なぜかというと、あらゆる面で豊かになったことがあります。会社は今まで一生懸命ヒューマンキャピタルマネジメントのための仕組みを作りました。社員にキャリアを磨かせ、さらに成長するための教育の機会を与える。よってエンプロイアビリティがあり、会社と対等のような関係になる。しかし、社員はある意味、会社の期待がどれぐらいあるかを測って、この程度でいいかなと思って止まることがあります。
どういう人材が必要になりますか。
コンピテンシーでいうと、弊社では五段階で評価していますが、この状態はコンピテンシーレベル3に留まる人が多いのです。通常、コンピテンシーレベル3は「大企業の副課長ならそのぐらいでやってくださいよ」というものです。一応能動的で自分でプランニングを立てて、仮説実施検証をまわせるという人たちのレベルを言いますが、昔はコンピテンシーレベル3の人がいたら勝てました。なぜなら、それすらもきちんとできていなかったからです。
ところが昨今では、コンピテンシー4レベルがないと勝てない分野が増えてきました。それらは先端分野であり、R&Dが非常に重要な医薬品の開発や、バイオ、ハイテク、ITです。その分野は、プロで構成されています。コンピテンシーレベル4とは、その人独自の考え方やものの見方、粘り強さとか、私は「しなやかさ」と言っていますが、そういうものを持っている人たちがネットワークを組んでいる感じです。一番近いのはジョブエンゲージメントという世界です。
ジョブエンゲージメントとは、「仕事にはまるか、はまらないか」をお言います。単純に言うとその仕事がめちゃくちゃ好きで燃えてしますので、アウトプットがそれまでにない抜きん出たものになる。そのロールモデルとして一番近いのがグーグルです。グーグルの創業時代は検索エンジン技術オタクの集団で、そこでは仕事のデザインを与えられることがない。自分たちで集まって自分が手を挙げて、周りを巻き込んでやっていく。アウトプットを出さないと「あいつはつまらん」と仲間はずれになるような感じです。
これに近いものが実現できないと、先端分野ではきっと会社の経営がきちんと組み立てられなくなるのではと思います。
本来、CHOはCEOがあっての存在です。ところが、そのようなときは逆転するのです。
グーグルの創業者はCEOというよりは、「人」を「オタク」を集めてくるということが事業の最初にあって、何かおもしろいことをやるというのが出発点だったのでしょう。
人がはまるような状況をデザインして用意するのは、すごく大変なことです。なぜかというと、その人がどんな人かを見抜けなければいけなしし、採用がとても大事になります。そのときに見抜く力量はどうなのか、見抜いたとしても適正な人が集まってきたときに、どう束ねるのか。また、時価総額世界一の会社といっても、全然その人たちには燃えないですね、豊かなので。
イメージはアキバ系のオタクです。何かを極めたレベルのコンピテンシー、つまり、レベル4とか4の上を出す人は、一種のオタクなのです。これからは仕事に燃える人材をどう見抜きどう束ねていくかが人材マネジメントの中心になると思います。今までの人材マネジメントのイメージは後方支援でした。ビジネスが先にあって、そのビジネスモデルに組織というものを合わせてデザインしていく。その組織の中に「人」をポジション、役割というものに当てはめていきました。
その方法では、もう勝ち続けられません。そこではその機能を満たすために働いているのであって、「別に何をやってもいいから、好きなことをやっていいよ」という経営ではないからです。むしろ、「何でもいいから好きなことをやってもいいよ」に近いエクサイトメントを「人」に与えられた企業が勝つのです。「人材構想が先」なのではないかと思います。
それはなぜか?人間の方がお金よりも偉いからです。儲けて、億万長者になってもお墓にお金を持って行けるわけではありません。多分、そういうものでは人間は満たされなくなります。人間は、はまって好きなことを自分の発想で自由に展開できるとか、刺激を与え合える仲間がいるとか、そういうものが非常の重要で、そういう組織を作ることが、今後の経営においてものすごく大事なポイントです。
そうした組織を束ねるリーダーをどうやって作っていけばいいのですか?
それは大きなテーマです。最近、日本企業もグローバルに展開しています。競合先であるグローバル企業は経営成熟度が高いため、コンピテンシーレベル3を管理してアウトプットを出させているだけでは勝てない。また、先端分野におけるアキバ系人材をマネジメントしていかなければならない。人間の本質に基づいていて、もっと人間の感情面にどう訴えかけるのか?
そのようにのせていくのか?はまる人を作っていくのか?
それは何なのかと考えたとき、最近よく出てくるのが「人間力」であるという困ったテーマにぶつかります。グローバル経営をしようと思うと、現地の人を使っていかなければならず、外国人だと余計に見抜けない。人を見抜くというスキルも含めて、「人間力」がないと無理だと言われています。
「人間力」とはなにか?たとえば、歴史観とか、地球観、宗教観をきちんと確立し、それらを背景に自分の信念やポリシーを持っているかということです。信念やポリシーに未来性があってぶれなければ、外国人もアキバ系もついていきますよ。そういうものをきちんと持っていて提示していかないと組織として永続性がなくなるのです。お金というインパクトで動かない人が増えてくると、余計にそうです。人間としての魅力がないと、リーダーとしてつとまらない。才気がものすごくあって、ものすごく賢い人材は特にそうです。
「この人について行くと、なんかお金の面も含めておもしろいことがありそうだ」というのは競争力がない人材です。それと同じように、人間のキャパシティみたいな話にどうしてもなっていくのです。昔はそういうことはマネジメントには関係がなく、仕事さえきちんとしていればよかった。でも、それが今は変わってきたのです。
よって教育や研修というのも変わってきました。ハーバードで行っている研修にも「Who am I?」から始まるものがあります。先ほど言った地球観や歴史観、宗教観などを学び、自分のものに消化しつつ、自分自身の生き様を振り返られなければなりません。生きる過程で様々なものを吸収しながら自分らしい考え方や新年が生まれてきたはずです。それを確認して、「じゃあ自分はこの会社の中で、どんな仲間とどんなチームを作るか」というものが出てこない人は、多分リーダーにはなれない。これが「本質的な要素」です。
スキルとかコンピテンシーで判断した方がドライで、わかりやすいのですが、それはあって当然。その次に求められているものが「本質的な要素」です。成果主義はどうでもいいというわけではないのですが、今は出来ているのが当たり前で、コンピテンシーをきちんと測って会社がそれを見抜くという段階の「次」にきていると思います。
「本質的な要素」をもう少し詳しく言うとどうなりますか。
社会の中でどのような位置づけで、どんな存在でありたいのかということを、明快にシンプルに言えないといけません。私はこれを「誉れ」と呼んでいますが、一種の存在意義のようなものです。アイデンティティやミッションと「誉れ」は違い、もう少し深くて永続性がなければいけないだろうと思います。「誉れ」をきちんと言えないと、「本質的な要素」レベルまでデザインできないのです。
「本質的な要素」の世界では組織はどんな形でもいいのです。その組織で、その人の人間としての根っこのところにヒットするようなものがないと、新しい価値を生み出すような人が集まってこないと思います。
それはどのようにして身についていくのかというと、結局はリスクをとって何かを判断し、その結果に責任を持って最後までやりぬいた経験の質だと思います。いわゆる修羅場の数です。人に置き換えれば、人がどのような考えで、どう登用したら、その人がどう動機付けされ、どのような行動をしたのか?その結果、組織に対してどんな影響を与えたのかという成功や失敗を、たくさん経験することだと思います。
「人」はこんなにすばらしいのだという「良い」経験をたくさんしないといけません。そうしないと変な人間観が出てきます。もし「プレッシャーを与えない限り、人間は働かないものだ」と考えれば、組織を壊していきます。それは「良い」経験をしていないからです。人は多種多様ですし、その組み合わせにシチュエーションを掛け合わせれば無限の場があります。全部を経験するのは不可能ですが、幅広い経験をすればするほど、人間観とか人間の動機付けの根本にあること、その人に対して何に気を遣ったらいいのか、ケアするってどういう意味なのかとか、いろいろなことを学びます。小さな組織でもいいから、責任者としてマネジメントをしたという覚えがないといけませんし、そうしして育っていくと思います。
でも日本の場合は、人事に任せて、「私は今の事業で売り上げを上げればいい」という役割分担だと、そういう人は生まれません。日本のモデルは機能分担型です。日本の従来の組織では。そう真剣に考えなくてもよかったのです。欧米人の方がそういう人が生まれる確率が高いのは、若いときから全部任されるからです。採用も首切るのも。だから、必死に人を見抜こうとします。その差はかなり大きいのです。つまり経営者が育つということと同じです。経営者が育つ環境があるということは、CHOを担える人が育つ環境があると同じことです。
御社の組織・人材マネジメントのあり方についてお聞かせください。
弊社では個人毎にPLだけでいいのです。個人事業主みたいな扱いです。また、給与は自分で決めてもらいます。年棒というか、ギャランティの固定給の部分を決めます。たとえば、一二〇〇万円と決めると、オフィスコストやサポートコストなどをカバーし、適正な利益が出るように、その人の時間当たりのコスト、タイムチャージが決まります。
プロジェクトを組むときにアカウントマネジメントする人がチームメンバーを集めるわけですが、そのときに「あなたはいくら?」と聞く。すると「こんなに高いならいらない」となります。逆に「あなたはそんな安いの?」となると、「是非きてくれ」となります。単純にいうと自分の給与を上げると人気がなくなり、下げると人気が出るわけです。それを、年に二回、半年毎にリビューします。 最終的に、一年間にどれだけチャージしたかを各人のレポートとして出します。それを一定数で割って、その人の理論年収を出します。理論年収から固定の分を引いたものが理論ボーナスです。固定の部分を減らしておいて、ボーナスで多くとってもいいのです。また、固定給を増やしておくと、ボーナスがマイナスだったりもします。実際には、「マイナスだね」ということを言うだけですが、本人はプレッシャーを感じることになるでしょう。
これを行うと、みんな「給与上げたくない」という考えが働きます。それを私が無理やり上げるのです。「いや、もう君は大丈夫だよ。一〇〇万円上げようよ」とか言って。嫌がる人の給与を上げていくことが社長の仕事です(笑)。私は給与を上げるのに、彼らは「タイムチャージを上げられた」となるわけです。おもしろいでしょう。
給与が一定のレベルより高くなると、もう誰からもお呼びがかからなくなります。そうなると、自分でお客様を見つけなければなりません。よって、アカウントを開拓し維持しなくてはならなくなり、その人の成長が加速されます。
お金というレベルのものに拘束されて、マネジメントの本質がずれるのが嫌なので、お金はお金の原理としてすっきりさせようということが狙いです。給与にはそれぞれの人の考えがあるはずです。「仕事はほどほどで、本を書きたい」という人もいると思います。
自律してどこでも生きていける人が「でもワトソンワイアットは魅力的なので、ここに一緒にいたい」という組織を作りたいと思っています。ワトソンワイアットのブランドは結果に過ぎないのです。そいういうものは後からついてくるものでしょう。
それより、今いる仲間や仕事をさせていただいているお客さんが大事なのです。だから、利益を出すことに意味はあまり感じません。ここに来る人の人生が豊かになり、お客さんに喜んでいただけることがすべてなので、それ以外は重要ではありません。
CHO機能をどう担われていますか。
私のCHO的役割は、そういった文化の醸成と場のデザインです。ワトソンワイアットは、グローバルに展開している公開企業ですので、面倒なこともたくさんあります。社員にとってあまり魅力的でなくプレッシャーがかかるようなものは、すべて私のところで受け止めて遮断しています。また、日本で展開する我々のやり方にあわなかったら全部拒否しています。
そういう意味では、うちにいるコンサルタントが自分のいちばんやりたいことをやれる状況を作る。でもその分、自己責任でイニシアティブをとってやってもらう。厳しさもちゃんとあるので、彼らの中で「こういうものをやろう、ああいうものをやろう」という意見が出てくれば、それに対してパジェットをつけて応援します。
それから本を書いたときの印税や、講演料についても、会社に入れるかどうかの判断は全部個人です。また、チェックもしません。
つまり、子供は子供扱いするから子供の振る舞いをするのであって、うちは全員プロですからプロとしての倫理観を持っています。物事の判断が、あまりにも世の中からはずれていたら、自分の価値を下げることになるでしょう。
会社より個人の方が偉いので、個人の自由意志に基づいてやることの方が上位概念です。
でもプロとしておかしかったら、仲間からのピアプレッシャーがあります。「あなたは仕事をしないで、自分が有名になることだけやっていてよくないんじゃないの?」と言われるのはプレッシャーですよね。個人のPLは半年毎に出していますから、働きが悪いとその数字が悪くなり、周りも気になるのではないでしょうか。
また、六月に家族を招待した社員旅行も毎年行っています。すると、。子供たち同士が友達になります。これが大事なんです。お父さんが「辞めて他の会社に転職する」と言うと、子供が「何々ちゃんと会えなくなるの?嫌だ」と反対しますから。
家族ぐるみの付き合いをしていると、みんなそれぞれの家族の事情をよく理解しているので、チームワークがスムーズです。それは弊社のようなピープルビジネスにはものすごく価値があるのです。だから、オフィスの中で就業後、飲み会も行いますし、クラブ活動もあるんですよ。
もう一つ大事なのは、全員が同じ「コンサルタント」という役職だということです。唯一私に「代表取締役社長」というのが役割上ついているだけで、組織は完全にフラットです。社長という役職は株式会社として必要なので、そういう役割をやっているというぐらいの認識ですし、。周りもそいう思っています。ヒエラルキーをとことん嫌っています。価格の違いは、経験・力量の違いであって、上位下位ではないということですね。つまりお客さんのすごく大事な課題の前では、皆平等なのです。「課題の前では平等」というところが大変大事です。
これからの人材マネジメントである「未来型企業モデル」の具体的なイメージはありますか?
これは正直、難しいです。私が考えているのは、企業というイメージとはずいぶん違って、もっと外に開かれていて、社員であるか否かは、あまり関係なくなるネットワーク型です。たとえば、所属はしていないけれど仕事上二割関係があるとか、半分以上我々と仕事をしている人がいたり、プロジェクトに双方にとって必要なときだけ参加する人であったりとか。これは、ある分野で突出したパフォーマー達で有機的にネットワークされている姿だと思います。
組織がそうならないと、きっと中にいる人はおもしろくない。なんだかんだ言って、企業の中って煮詰まってくるじゃないですか。煮詰まると、若い子達に対して段々わかがまにもなります。また、居心地もよくなってきます。それをちょっと揺さぶるために外の刺激を入れなきゃいけないし、一定の流動性もなくてはなりません。そういうネットワークでの刺激が必要なんです。
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Vol.13 一人一人の力を伸ばして、会社にとって必要な社員にすること、これが”ひと視点”です
Vol.12 「チェンジエージェント」な人財こそCHOであり、その市場価値は高いのです
Vol.11 『人と文化の蓄積』をいかに作れるかが重要です
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